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人間ドック 東京の事例が多数

入院中、辛いことはと問われて、「こうして生きていることかなぁ」と応えたというのは、精神的孤高を旨とした作家の誇持の一端がにじむかのごとくで、哀切の思いをことさらに深くするところである。 高度技術社会の医学は、死を「敗北」として完璧に否定しようとする。
食道がんという難治性の高齢がん患者においてさえ、現代医療は座視することを許さない。 技術に翻弄される患者、まして高齢患者の弱さ。
N野氏の場合も例外とは思われない。 食道がん治療の意味のなさに気付きながら、激しい葛藤の果てに次第に高度技術の渦に巻き込まれていく。
もとより事の本質はもっと深いところの問題であろう。 N野氏自身が「医学の決定すべき」非、その人の人生観の問題にして、宗教的行為なり」というように、生死に長けたと思われる高齢の知恵者といえども、いったん死に直面すると限りない煩悶の淵にたたずむことになる。
「生きるのは今日一日」と死生のことを定めていたN野氏が、入院の前々日、主治医より完治を目指すと伝えられて「前途に希望生じたる思いあり」、翌日にも「前途に死しか見えざると、一条とはいえ生の光の見えたるとでは、今を生きる気分一変する」と記す。 患者として真に素直な心境というべきで、老境のヘルマン・ヘッセをして、「なお一夏、なお一冬」と言わしめる人間の心情は古今、洋の東西を問わない。
いずれにせよN野孝次氏の死から読み取れるのは、「安心立命」を許さない高齢社会に対する警世の意味そのものと思われる。 一九四七年、太平洋戦争の後、明治の文豪・K田露伴は自宅で、「いいかい」と家族に一声かけて、「じゃあおれはもう死んじゃうよ」(K田文『終篤』より)とこともなげな表情を示して逝ったとされる。
そのような安らかな終罵はもはやはるかに遠く、現代医療はかくも困難な課題を私たちに突きつけていると慨嘆せざるを得ない。 前章のN野孝次氏の死からおよそ二年後、著名な作家・Y村昭氏の計報が報じられた。

陣臓がんによる術後五か月の身を在宅に療養していたが、いたずらな延命を拒否するとして命綱ともいえるカテーテル・ポートの針先を自ら引き抜き、自決とも思わせる壮絶な死を選んだという。 すでに前年より舌がんの治療を繰り返していたさなか新たに陣臓がんが発見されて、多重がんへの対応を余儀なくされたものであろう。
世間は時流の「尊厳死」とかしましく論評するが、私には単に安楽な死云々といった現代の病弊に解消することのできない、より重大な本質が氏の病歴から読み取れるようにも思われる。 少し専門的にわたるが、膵臓がんの予後については最も正確とされる日本陣臓学会の直近の騨癌全国登録調査に以下のように報告されている。
「膨臓癌の切除可能例で平均生存期間は二・七カ月、切除不能騨癌では四・三カ月であり、医学的な予後の目安である五年生存率は○%と悲惨である」(図6)。 加えて膵臓がんの手術は、通常、病巣のある騨臓、隣接する胃、十二指腸、小腸や肝臓の一部、さらに胆管など腹腔内の六、七臓器を切除する陣頭十二指腸切除術が標準的とされるが、一般的に一○時間を超える大手術である。
さらに広範囲のリンパ節、神経叢などの廓清を必要とするため、術後に消化吸収不全、摂食不良など日常のQOL(生活の質)を大きくそこねるともされる。 第一章で言及したように、医学全般の発達によってもはや外科手術における年齢制限はなくなったかにも見える。
だが、すでに舌がん治療中の高齢の身にとって、全がん中、最も難治とされる膵臓がんの手術が想像以上に苛酷な侵襲をもたらすのはおよそ自明のことである。 おそらく舌がんによる一年以上の闘病はかなりのダメージをもたらしていたであろう。
術後の不調を契機に心身ともに悪性サイクルに陥る高齢者の多さを思えば、むしろ恩恵のあまり期待できない、膵臓がんの手術をせずに踏みとどまる選択もありえたのではないか、というのは傍観者の無責任な見方であろうか。 彼女にはまだ多く人間的な仕事が期待されていたはずだが、惜しみ余りある若すぎる死という他はない。
この高度技術社会のがん治療は、患者・家族に厳しい「選択と決断」を迫るものだとあらためて考えさせられる。 難治性の膵臓がんにおいて、可能性の極端に低い根治の道を目指すのか、それともできるだけ日常生活を維持した保存的な方向(がんと共存)を選ぶのかと迫られた場合、本人・家族は的確な病状分析に基づいて、手術その他の方向性を選択できているのだろうか。

おそらくどれほどの情報を提示されたとしても、判断や基準を持たないまま多彩な技術の渦に翻弄される患者はことのほか多いのではないかと思われる。 N野孝次氏の場合にしても、このY村昭氏に似て非なる経過と思われてならないが、メディアの報じる闘病・死亡記事の断片から正確な医学的情報を詳細に得ることは困難である。
そこで私の身近に起こった一例を合わせて考察してみることにしたい。 彼女が最初に身体の変調を自覚したのは、定年退職の翌年、今後の第二の人生に胸ふくらませて、秋田の実家へ帰省した二月初めのことである。
母親の一周忌をかねた里帰りという意味もあり、生まれ故郷ののどかな空気の中で、久しぶりに会った兄弟たちと酒を酌み交わした。 だが、杯に三杯ほど飲んだとき、急に酒を受けつけなくなった。
その地に一週間ほどの滞在を予定していたが、不気味な異変を覚えていち早く二日で切り上げ神戸に戻った。 ただちに嘗ての勤務先のK病院を受診、超音波検査の結果、医師から陣臓がんの疑いが濃いと告げられたという。
入院して精密検査を受けることになったが、CT、MRI(磁気共鳴画像法)検査などを終えた日の午後、院長から直々に、「騨臓という臓器は腹部の中でも最も深いところにあるため直接に画像に映し出されない場合が少なくない。 今回は三センチ大の病巣がはっきりと確認される」と教えられた。
さらに後日、二つの特殊検査(内視鏡的逆行性騨胆管造影法など)を受けた結果、「腫傷は三センチぐらいの大きさで、重要な血管である門脈とは一定の距離があるので切除手術は可能であろう」と主治医が丁寧に説明してくれた。 ただし、血液検査では黄痘の指数(ビリルビン値)が日増しに上昇しており、本格的な手術に踏み切るにしてもまず全身の体毒である黄痘を減じることが急務であった。
その減黄(黄痘対策)の治療を実現するためには、拡大した胆管に管を入れて胆汁を抜き取るドレナージ術(種々の体液を体外に排63第2章求められる「選択と決断」除すること)が必要であり、それについては根治的な手術も可能な施設で実施すべきという判断で、三月初めにL大学病院に入院という流れになった。 膵臓がんの苦い思い出イネさんの精密検査のさなか、私は彼女の夫のMさんに同行する形で、最初の入院先のK病院を訪れた。
「本当に膵臓がんなのか。 陣炎であってくれれば」といった希望的な観測が一部に生じて、Mさんはその疑念に答えをだすべく、検査成績などの資料を主治医から借り出していた。
この分野の専門家である私の病院のS医師に判断を仰ぐためである。 そのS医師の意見は、検査成績と撮影されたフィルムのみという限界性を断った上で、一○○%悪性腫傷(がん)とは断定しがたい。

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